サポーテストのメンバーがそれぞれの視点でコロナ禍について考えてみました。
その① 神経質な視点『おっさんはアフターコロナでは生きていけるわけがない』
コロナウィルスが世界を襲いはじめて約一年になります。当時、まさかこんなに生活様式が変わるなんて思いもしなかったでしょう。
常時マスク着用、手指の消毒、飲み会や会合の中止など、コロナウィルスを誰が保有しているかわからないため「人との接触を避ける」ことが感染予防対策のひとつとなることから、このようなスタイルになったと思われます。
神経質な人間(潔癖症ともいう)としては、もともと風邪の季節でのうがい・手洗いはこまめにしており、容器の使いまわしはご法度で、咳やくしゃみをしている人間が近くにいれば自ら席を外しますし、遠のけない場合は露骨に嫌な顔をするなどのTPOをわきまえた対策をしてきておりますので、コロナ予防に関しては万全でないまでも個人でやる分にはその延長戦上と捉えております。
ただ「人の接触を避ける」ことは、ご存知のように経済に大きな影響を与えることなります。今後の景気に及ぼす影響については別のメンバーが解説してくれると思いますのでここは割愛して、この「人との接触」(「対面の会話をメインとするコミュニケーション」と言った方がわかりやすいでしょうか)がなくては、何もはじまらない場面がこの世の中にたくさんあります。
ビジネスシーンにおいても、たとえば職場での面談・ミーティングや商談の時など。顔を突き合わすことで、こちらと相手の意図や真意を感じ取り・取られ、社内外の人間関係を円滑にしてきたと思います。言うなれば、企業活動の根幹を支えてきたといえるのかもしれません。「人と人が近づくことでわかり合う」、これこそがこれまでの「コミュニケーション」だったと思います。
それがこのコロナ禍では、なくなりかけております。接触を避けるためのテレワークやリモート会議、接待を伴う飲食の禁止など、この状況はコロナが収束しても続くのではないか、完全なるビフォーコロナの状態には戻らないのではないかと言われております。
もし以前の状況に戻らず、推奨されているアフターコロナの「ニューノーマル」を生きていくならば、神経質風にいいますと、これまでの「接近のコミュニケーション」で生き抜いてきた個人や企業は新たな転換期を迎えることになります。特に経営者にとっては、今後の経営にも影響を与えると思われる新たな「コミュニケーション」方法を模索しなければならないでしょう。
「ワクチンさえ開発されれば元の生活に戻るさ」と楽観的に考えている方も相当数いると思われますが。神経質なビジネスパーソンにとっては、どう考えても「もう戻らない」と思ってしまうのです。
以下、コロナ禍でわかってしまった神経質的な事項をもとに、今後の展開を神経質の立場から神経質的に考察します。
まず「わかってしまった」こととして、一つめに、「会話をすれば飛沫がいろんな所にかかっていることがわかってしまった」こと。これからもマスクなしで会話をするたびにテレビでよく見た飛沫が激しい勢いで顔に浴びせているあの3D映像を思い出してしまいます。それが頭から離れないとなると以前のようなミーティングや商談でのパフォーマンスは著しく落ちることでしょう。
二つめに世代間のギャップが今まで以上にわかってしまったこと。テレワークによりパソコンとスマホがあればある程度の業務が自宅で出来ることや忘年会・新年会などの中止や時短などで、(特に神経質系若手社員にとっては)上司や苦手な顧客との接触を避けることができ、さらに個人の時間が増えることは「煩わしい時間が減る」ことで願ったりかなったりなのではないでしょうか。滅私奉公で、我慢と忍耐をかさね、企業に身を捧げてきたベテランや昔の体育会系人にとっては到底受け入れられない感情もあることでしょう。
さらに三つめ「楽を覚えてしまった」ことです。世間が神経質になったおかげで、一般サラリーマンはコロナ感染防止のもと、リモート会議や飲み会・接待の中止、海外や県をまたぐ出張の禁止は「動かなくていい」理由となり肉体的には余裕が出来ます。またコロナ禍を理由にすると、たとえ業績が落ちたとしても営業部門から管理部門まで社員全体が精神的に「仕方ない」ムードが蔓延し、ある種の「楽できる」空気に包まれることになります。これが続くと「努力しない」「すぐにあきらめる」「迷ったらやめる」などモチベーション低下や社風にまで影響が出る可能性があります。
あまり歓迎したくありませんが、このようなことが現実に起こると、企業や業界によって差はあれども確実に業績が落ちることになるでしょう。
では今後の展開としてどうなってしまうのでしょうか。
正直なところ、今生きている人のほとんどはこのような状況を経験したことがありませんので、どんな頭の良い方でも明確な答えは出せないでしょう。
このままでは、「経済を回す」を旗印に、コロナ禍も気にせず、飲み会や夜のクラブ活動を率先してきた人間が賊軍となり、旧江戸幕府軍の武士のように追い詰められていくことは確かです。ニューノーマル版のクラブ活動はどういうものでしょうか。
結局のところ、経営も生活もアフターコロナの条件に細かに対応したスタイルを考えるしかないんでしょうか。何よりも悲しいことは、選択する自由ではなく、与えられた中から消極的な選択を取らないといけないことです。
今できることは、経営者も個人も前向きに考える、すなわち神経質に考えないことだと思います。神経質に考えると必ず後ろ向きになります。今こそ「病は気から」を実践すべきではないでしょうか。
そして、いい機会ですから、次の時代を受け入れ、これまでの「接近戦」の方は「距離を取る戦い」も視野に入れたスタイル変更を模索すべきだと思います。両方使えるとその分スキルが上がると信じて。。。
自粛や不景気で世間が重苦しい空気に包まれる中で、ニューノーマルな時代でもせめて日本全国総神経質化だけは避けたいと、神経質に考える毎日であります。
※あくまでも個人の見解です。神経質な人間にも色々な人間がいます。悪しからず。
※コロナウィルスに罹患された方のお見舞いを申し上げますとともに、まさに戦場のごとく体を張って働いている医療従事者の方々には敬意を払い、一刻も早い疫病の終息を願います。