ことわざ・慣用句からビジネスに役に立つ「何か」を学ぼうとする気だけは、なんとか見せるつもりのシリーズ
今回のテーマは
「私、負けましたわ」です。
こちらは、ことわざでも慣用句でもなければ、今後の教訓や戒めとなる言葉でもありません。
前から読んでも後ろから読んでも同じ文章、回文です。
たしかに「回文で何を学ぶのだ?ただの言葉遊びだろうが?」と思われるかもしれません。
しかし
回文と言えども室町や江戸時代から根づいた来た歴史がありますし、子供の頃なら誰しも、上から読んでも下から読んで同じフレーズを考えて楽しんでいたでしょう。
言葉遊びのなかに、大人も子供も、教訓であったり、想像力を養うなどの「学びの要素」があるのだと思います。
現代のビジネスシーンにおいて
以下のような回文にも学びの要素があるのかもしれません。
たとえば
●私は気づきはしたわ (わたしはきづきはしたわ)
製造工程における瑕疵に、自分は気づいたのに「ミスするわけがない」「そんなことはないはず」と思い込み、指摘できなかったことを今さら悔やんでも仕方がないという教訓です。
ただあまり強調しすぎると「なんで言わなかったんだ」と逆に批判を受けかねないので、回文として場を和ませましょう。
●私、トマトしたわ (わたしとまとしたわ)
仕事の基本である、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の業務体系が滞ってしまうと、トマトになってしまいます。
トは「(全体の作業を)止める」、マ「(窮地に陥いるであろう状況をしばらく教えず)間を置く」、ト「(同調圧力で見て見ぬふりをして、胸に)とどめておく」
信号と同じように、緑色から赤色になるとかなり危険な状況になってしまう回文ということでしょうか。
●私、開花したわ (わたしかいかしたわ)
努力を重ね、業績を上げて一人前のビジネスパーソンとなった時につぶやく回文です。
ただし、誰もいない場所でつぶやきましょう。
なかには開花しないまま散っていくビジネスパーソンもいるので。
このように
「私、負けましたわ」と自ら敗北を認める潔さは武士道の一つです。
日本のビジネスマンにも通じるところはあるのかどうかはわかりませんが、連戦連勝で勝ち続けることなんてあり得ないですし、負けを認めることでその原因を考えて次に活かすことが出来れば、それは「価値のある負け」だと言えます。
経営者を含めてビジネスパーソンも、自分のプライドを守るためだけにムダな争いを続けるのは自身だけでなく、周りの人々も傷つけることになりかねません。
ビジネスも現代社会において最も必要なことは「私、負けましたわ」精神なのかもしれません。
※あくまでも個人の見解です。
「八百屋」だった私の友人は「確かに貸した」と返済を迫られ「ダンスがすんだ」とトボけ続けると
訴えられて「私負けましたわ」となりましたが「新聞紙」に載らなくてよかったのではないでしょうか。