ことわざ・慣用句からビジネスに役立つ「何か」を考えるシリーズの今回のテーマは、「去る者は追わず、来る者を拒まず」です。
意味は「自分の所から去る人を引き止めず、自分を頼ってくる者はどんな人間でも拒まないこと。その人に任せて決して無理強いはしないということ」です。
自分の所から離れたがっている人間を無理矢理にでも引き留めて「あのとき残ってくれて言いましたやん。責任取っておくんなはれ」とかその後にグジグジ言われても禍根を残すだけです。
やはり離れたほうが後クサレもないのでしょう。
また、去っても去らなくても、自分のことを信じてくれた人間には決して悪いようにはしないという心持ちだけはいつまでも持っておきたいものです。
こういうようなことは、ビジネスの世界でもよくあると思います。
ただ、中小規模事業者にとっては切実な問題でもあります。
たとえば
●ケース①:せっかく経験を積ませて一人前に育てたところで「本日で会社辞めさせてもらいます」と辞表を提出され労働基準法もあり「はい、わかりました」と言いながらも納得できない経営者もいらっしゃることでしょう。辞められて後釜が見つかるならまだ救いはありますが、このご時世ですからなかなか見つからないで欠員のままということも多いかと思います。
「去る者を追うのは、来る者がいないから」
ホントに大きな問題です。
●ケース②:代々取引していた顧客から、突然「会社命令で来年度から競合他社と取引することになりました」と通達され、文句の一つでも言いたいところを「はい、わかりました」とグッとこらえ「これから売上をどう賄えばいいのか…」と途方に暮れる虚しさ。
「去る者は追わずと言ったものの、来る者を早急に探さないと」
すぐに取引してくれそうなところは、いろんな意味で厳しそうなところですし…
●ケース③:期待していた社員に突然辞められ、困っているところに入れ替わりで入社してくれる社員が見つかったが、完全な看板倒れだった。
「去る者を追っていればよかったと思うくらい、来る者を拒まなかったことを後悔する」
結局は補強ならぬ「補弱」になってしまいます。
結局のところ、去られる側は指をくわえて見ているだけということです。
では、去られた側はどうすればいいのか?
こればかりはどうしようもないのではないかと思います。
手塩にかけて育てた人財の流出は、時には会社経営の根幹にも響いてきます。
「何が悪かったのか」を分析し次に活かすべきではないかとは思いますが、他の場所が良く見えたり、タイミングや組織・個人の親和性の問題があったりもあるので、全面的に去られた側に非があるということではないと思いますが。
それでも、去られた者が悪いのだと言い聞かせるか、去られてもいいように絶えず「去られる」リスクを考えておくしか現状見出せない部分もあるのではないでしょうか。(それができれば苦労はしないですが)
いずれにせよ、去られた側は「こちらを去っていった者は、みんな幸せになって欲しい」というエールを送るくらいの度量があれば、巡り巡ってまた新しい「来る者」があるのではないかと願わずにいられません。
※あくまでも個人の見解です
私の知人に
「こんな会社なんて辞めてやる」と啖呵を切ったものの、他社からのオファーが来ず見切り発車で、宙ぶらりん状態になった挙句、しぶしぶ残留したものの、会社の「窓際」に追いやられ、すっかりやる気を失った方がいます。
「去る者を追ってくれると思っていたのに、去るのを拒まれず」
ここにまた見通しを間違えた一人の優秀な戦士が不幸なことになってしまう出来事がありました。