そこはかとなく『取引』を考えてみる

 

「人間とは取引をする動物なり。犬は骨を交換せず」~アダム・スミス

アダム先生の言葉にもあるように、取引をしているのは人間だけのようです。
人間の世界では、一般的に取引をおこなわないと経済は回りません。
取引があるからこそ、お金をいただき、おいしい御飯がいただけるのです。

ってことを「取引している方たち」もあまり考えたことはないのではないでしょうか。


「いつでもどなたでも経営学を利用できる」を標榜するサポーテストが経営学についてを
そこはかとなくサポーテスト的に考えるシリーズ
今回のテーマは「取引」についてを、いつも通り深くは掘り下げませんが、とりあえず考えてみる努力だけはしたいと思います。


「取引」とは、一般的な意味として

「商人や客との間で行われる経済行為」や「互いに利益を得られるよう交渉すること」などです。

全く当たり前のことだと思いますが、ビジネスパーソンは普段、取引をしています。

仕事としてモノを売って対価を得る場合も「取引」ですし、会社に対して仕事の成果や貢献により給料を得ているのもある意味、会社との「取引」です。
(簿記会計用語としての「取引」はさらに広範囲に渡りますので他サイトを参照にしてください)

また、日常生活でも、車や電気製品など高価な商品を値切って購入するのも取引ですし、スーパーやコンビニで日用品を買い物するのも取引です。

広い意味で、「みんなが行くなら私も行く」というのも、条件を出して本人が利益を得られる交渉をすることですので取引と呼べるのではないでしょうか。

ただ「みんなが行く」からといって利益につながるかどうかは別問題ですが。


このように、世の中は様々な取引をすることで成り立っているといえるのではないでしょうか。

 

こう考えると
取引には、顧客をはじめ、相手が交渉に乗ってくるような「価値」を提供しなければ成立しないということがわかると思います。

これを「みんなが行くなら私も行く」という主体性のない人でいうと

「みんなが行くから」という価値、たとえば「仲間外れになりたくない」とか「自分の居場所確保」というような価値が提供されると予想されるので「私も行く」という取引が成立するわけです。

逆に、価値が低くなっていくと、取引不成立になる場合もあるのではないでしょうか。


たとえば、先代からの贔屓筋や前担当者から引き継いだ顧客などは、現状に不満を覚えてしまうとすぐ去っていってしまうこともあると思います。

これは「先代や前担当者」より「現担当者」のほうが価値が低いことにくわえ、「他社に乗り換える」取引の価値の方が高くなってしまったということです。

おそらく、相応の「人間関係」が出来ていなかったり、目に見えるほどの「大きな価値」がないと取引継続は難しい場合があります。


選ぶ側は様々な価値を「天秤」に載せているということがわかります。


これを先述の「みんなが行くなら私も行く」人、「じゃあみんなが死んだらオマエも死ぬのか」とツッコミたくなる人が

「みんなが行く」予定が、急遽「半分くらいの人数しか行かない」となった場合は「別に行かなくても良いのではないか」と思い始め、自身のなかで「行く価値」というのが低くなります。

そして「価値の天秤」にかけて「めんどくせーので、別に行かなくてもいいなら欠席します」と取引不成立になることもあるでしょう。

「それなら最初から『行かない』と言えよ」
と言いたくもなりますが、他人に委ねるのは楽なこともわかっていることはさておき

後悔しない「取引」を成立するためにも「価値」をどこに置くのかというのは必要になってきます。


経営もしかりだと思います。理由は様々ですが、社員が「今の会社に価値がある」ので「在籍している」という取引をしていると考えることもできます。

また、会社に「価値がなくなれば」すなわち「離職する」という取引になります。


ちなみに、会社に価値がないと思っていてもずっと在籍している人もいますが、それは「他に行くところがない」や「離職するエネルギーがない」などの消極的ですが、これもひとつの「価値がある」といっていいのではないでしょうか。


まとめとして

ビジネスにおいては
一般的に「『価値があるから取引する』『取引するには何らかの価値がある』なんだけど、価値ってのは人それぞれだけどね」
ということは押さえておきたいと思います。

そして、人間は「価値の天秤」を使って様々な取引をしているってことも。

ここ数回、「価値」とか「取引」とかを「本筋1:余計なこと9」の割合で長々と書いてきましたが
「そんなのわかってるよ」「当たり前のこと書くなよ」と感じている方も多々いらっしゃると思います。


ここはもうしばらくお付き合い願って、次回は基本中の基本「経営資源」をそこはかとなく考えていきたいと思います。

※あくまでも個人の見解です。

 

私の友人は
その当時に若い頃にありがちな「この人よりもっと価値のある人がいるのではないか」と数珠つなぎ方式で見つけていく
「わらしべ長者風取引」をしているとイキがっておりましたが
先日、久々に会ったところ「一周まわって、今はおひとり様の方が価値がある」と言っておりました。
結局、相手にとっては「価値のなかった人」なので「取引」は失敗ということになったのではないかと思いましたが
それ以前に、ホントは今までずっとおひとり様だった「架空取引」ということも考えられます。
本人は否定すると思われますが、特殊詐欺被害者と感ずいたコンビニ店員のように見守っていきたいと思います。

2022年02月08日