船頭多くすると、船は山に登るそうです。
「船頭多くして、船、山に登る」のことわざはの意味は「指図する人が多いと統一が図られず船がトンデモない方向にそれてしまうこと」です。
皆さんもこのフレーズを耳にすると、「身近な誰か」や「身近な団体」を容易に想像してしまうのではないでしょうか。
実例に事欠かかないほど、世間に「船頭」はいっぱいいるように見受けられます。
ビジネスでも、船頭が成否のカギを握っていることは間違いありません。経営判断などの会社の浮沈をかける会議から部署やチーム内でのミーティング単位でも船頭の役割は重要となっていきます。これは、誰もが船頭になる場面がありますので普段から準備しておくべきだと思います。
ところで、この「船頭輩出システム」ですが、どうもご自身が名乗るだけで船頭になれる時があるようです。
彼らは「櫂(オール)を漕ぐ」より「その場をかき回す」ことに情熱を注ぐことから「自称・船頭=ニセ船頭」と言った方が良いでしょうか。
この「自称・船頭」の特徴は「責任を取らない」ことです。
これを「言いっ放し」や「言ったもん勝ち」といいます。
たとえば、現場などにおいて、瞬発的な判断をしなくてはならないシーンで
話の中身がゼロなのに、声が大きい人の意見
「経験者だから」と、さも正論ぶった意見
早くこの場から立ち去りたい気持ち満々の意見など
判断を迷ってしまうと、これらのあきらかに「言いっ放しの意見」に流されてしまった経験がある方もいるのではないでしょうか。
●「自称・船頭ばかりだと、船は触角が取れたようにくるくると回る」
また彼らは人並外れた「鈍感力」を発揮します。
たとえば、チームや集団の成績が悪かった時の反省会などで
話の中身がゼロなのに、声だけ勇ましい人の意見
「俺はこれだけ頑張ってます」アピール満載意見
話の本筋を逸れ、どうでもいい些細なことを指摘する意見など
「言ったもん勝ちの意見」で誰かに戦犯の汚名を着せようとします。
残念ながら、「これからどうするか」の問題解決力は持ち合わせていないようです。
●「自称・船頭は救命道具を持っているが、常に一人用である」
逆に船頭なのに船頭の業務をしない方達もいます。
たとえば会議の席で。
重要な議題があったとしてもなかなか前に進まず、ただ時間が経過しただけという経験は誰もあることでしょう。
船頭クラスの方が意思決定を逃げたり
船頭クラスの方が議論の最中に全く違う話題で口をはさんだり
船頭クラスの方が結局いつまでも雑談の延長で終わるなど
終わってみれば「ホントに無駄な会議だった」と嘆くこともよくあると思います。
●「船頭の仕事をしなければ、船は動かず、多数の船酔い者が出る」
会社の船頭は社長をはじめ経営者となります。
経営者という船頭が、強い意志で会社という船を良い方向に導いていけば、ニセ船頭が現場を乱そうが会議で船酔いの被害者を出そうが「大船に乗った」船員たちはそれぞれの立場で力を発揮し、船は強くなり、さらに加速力もつくのではないでしょうか。
良い経営者(船頭)が存在する会社は、
「船、たまに山に上ることはあっても、決して沈まない」のだと思います。
※あくまでも個人の主観です。
決して沈みそうにない鋼鉄の船でも、いつの間にか素材が紙や泥に変わっていることはよくあるので注意したいものです。
皆さんそう思っているのだけれど。