泥舟さん日記です。厳しい経営を迫られている会社にとっても参考になることもないことはないのではないかと思います。
深く考えず、軽い気持ちでお読みください。
※文面は、サポーテストで再構成しております。あくまでもフィクションですので、ここに出てくる人物・会社・団体名は存在しません。「ノンフィクション風」ということでご理解いただければ。
文章のみですので、それぞれで捉え方をしていただきたく、深く考えず軽い気持ちで想像力を働かしながらお読みください。
~「泥舟日記」より~
その⑧『いつの時代も、今どきの社員は大変だと思う文月の巻』
7月
研修を終えた新入社員がこちらの部署にやって来た。
この4月に若手社員の一人が転属になったため、欠員が出た補充とのこと。
当時、抜けた社員の仕事を我々で負担しあい、ようやく慣れてきたところであったのだが、新人とはいえスタッフが増えることは、在籍するスタッフと仕事のうえで何らかの化学反応が起こるのではないか…という期待という意味でも良いことである。
かといって、すぐに「あとよろしく」と新人さんに仕事をふることもできない。
一緒に顧客を回り、仕事の仕方を覚えてもらわなければ。
「細かい性格なのか大雑把なのか」「社交的なのかどうか」「プレッシャーに耐えれるのかどうか」…。
なにより、彼がどんな人間なのかを知ったうえで上手く成長してもらうことが、彼のためにも、会社のためにもなると信じる。
ただ、日本中の「上司」と呼ばれる方たちも考えていることだと思うが
「コンプライアンス」という名のシェルター建設が急にあちこちで進められると、彼らにとって不都合なことがあれば、すぐにそこから出てこない・出てこられないことも多いと予想される。
そうなると、仕事を任せるのに時間がかかったり、彼らを深追いしてしまうとシェルターの自動ドアに挟まれてこちらがケガをしたりすることもあるだろう。
なかなか上手くいかない状況ならば、当てにせずに自分でやってしまおうってことになりやしないか…。
時代に即した「やり方」は必ずあるだろうし、「時間がないとか」「俺達はこうだった」とかというのも都合の良い言い訳なのだけれども…。
人を育てるのは難しいとつくづく思う。
時は少し経ち
新人と同じ時間を過ごしはじめてから、ふと思った
「初対面の異性に声はかけることはできても、顧客には緊張して話かけられない」
というのは、どういうことなんだと。
見も知らない他人と会話ができるというのは、社交的な人間の素養があり、優れた能力なのではないのか…。
そういうことができるのならば、顧客なんて簡単にコミュニケーション取れると思ってしまうのは、俺が今どきの若者でないからか。
学生時代、道を歩いている異性に緊張しながら声をかけ、失敗に終わると自分の惨めさを思い知った経験からすると。
「プライベートは恥ずかしいが、顧客は仕事だから割り切れるのでは?」と。
そんなこんなで「若手を戦力にする」というどこの中小企業も抱える永遠の課題が始まった。
彼の成長を促すにはどうすればいいのか。
競走馬のように、たとえ素質があっても厳しい調教を施すと、出走する前に骨折する恐れもある。
骨折するならまだしも、逃げて帰ってこなくなる可能性もある。
今のご時世、パワハラ、セクハラなどの「コンプライアンスの防御壁」により一層の配慮をしなくてはならないし、だんだん仕事がわかってきた途中で退職されると会社側としては非常に困るという側面もある。
いずれにしても
「人は財」であり、会社の「人財」となってほしい。
まあ、本当に優秀な馬は何をしなくても自ら調整して成長していくもんなのだが…。
今回の勉強したこと
『自分の成功体験が教科書の人は、改訂版を作るか新しい実技版を作った方がいいみたいです。どうやら当時の成功体験は「歴史の教科書」に過ぎないみたいです。お互いに気をつけましょう』