たとえ薄っぺらい内容でも
ことわざ・慣用句からビジネスに役に立つ「何か」を学ぼうとする姿勢だけは見せるシリーズの今回のテーマは
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」です。
意味は「苦しいことも辛いことも、過ぎてしまえばその苦しさや恩も簡単に忘れてしまうということ」です。
一般的に
「アイツは喉元過ぎれば熱さを忘れる野郎だ」と言っている方を聞くと
ほとんどの場合、批判しているのか、呆れているかのどちらかだと思います。
しかし、人間は「忘れることのできる生き物」です。
苦しいことや辛いこと、悲しいことを引きずってしまうと、穏やかな生活を送ることができません。
ただ、できるだけ恩や施しを受けたことだけは心に留めておきたいものです。
人として。
また、ビジネスにおいて多方面に迷惑をかけたり、期待に添えることができなかったりなどの苦い経験は決して忘れずにおきたいものです。
ビジネスパーソンとして。
そして
ビジネスシーンでも日常生活でも、このようなフレーズはよく使われます。
たとえば
●何事にもギラギラしていた若いころに比べればすっかり枯れ果ててしまった。
「出世欲過ぎればアツさ忘れる」
賞味期限が過ぎていると思われようが、何事にも一生懸命でありたいものです。
●辛い経験にもへこたれない強い精神の持ち主かと思ったら、ただ単に感覚がずれているだけだった。
「喉元過ぎても熱さに気づかない」
無痛のドランカー経営者や社員は、ある意味無敵です。
●失敗の多い部下に対して
「二度と喉元過ぎれば熱さを忘れるみたいなことをするなよ」と厳しく反省を促すとこうなってしまった。
「もう飲まない」
キレて、喉元にも入れない社員に今後の成長があるかどうかはわかりませんが、この場合は大概「それくらいわかっているのに注意する言い方が悪い」とか「指摘が厳しすぎる」とか別次元の話で隙をついてきます。
下手をするとパワハラで訴えられる可能性もありますのでほどほどにしましょう。
経営者としては
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」くらいの鈍感力も大切ですが、
苦い経験をしても、それを糧にする反発力や「学びに変換する」学習能力があれば、なお良いのではないかと思います。
「あの時の経験があったから」ということが
なかなか難しいことかもしれませんが、そのためには熱いのも冷たいのも飲める人間でありたいです。
口も付けずに、腕からの点滴だけでは栄養は満たされなものなのですから。
※あくまでも個人の見解です。
私の友人に
「もう二度としない」と誓わされ、泣いて謝って許してもらえていたが
また同じ過ちを犯し、最後は別れを告げられました。
パートナーは「喉元過ぎれば熱さを忘れていなかった」ようです。
友人はおそらく、どんな「煮え湯」でも熱さを感じない「喉元の病気」だったのでは?と
質問をしましたが、何も答えてくれませんでした。
やはり喉元だけに「返答せん(扁桃腺)」だったのでしょうか。
それとも、我慢して、言葉を「飲み込んだ」のでしょうか。
「消化」できるまでには時間がかかりそうです。